朧月夜

作詞:高野 辰之 作曲:岡野 貞一

3〜4月の日本の風景です。
広がる菜の花ばたけや田んぼと、もやのかかった月の光が美しい曲です。

大正3年の「尋常小学校唱歌」6年生の教科書に掲載されました。

歌詞の意味

  1. 菜の花畠に夕日が沈み 太陽の光が薄く消えてゆく
    遠くに見える山の線は 霞がかかったようにぼんやりと見える
    春風がそよそよ吹き 空を見上げてみると
    夕方の月が出てきて 淡く色づいている
  2. 山里の家の明かりも 森の色も
    田んぼのあぜ道を歩く人も
    カエルの鳴き声も お寺の鐘の音も
    全てが霞みがかってゆく ぼんやりと見える月よ

難しい言葉の意味

入日薄れ

夕日の光が薄くなっていゆく

山の端

山の端っこ。山の裾。山の麓。 

夕月かかりて にほひ淡し

・・・こちら、動画で「匂い淡し」と書いております。夕方の月が出て、匂いも柔らかくなってくゆ、と思っておりました。ひまわりの使っている愛読書ならぬ愛楽譜「日本童謡唱歌全集」には「匂い」と書いてあったので・・・疑いもしませんでしたが・・・汗。

「にほひ」は古典では視覚に関する語、目に立つ色合い。(なっとく童謡・唱歌より)

だそうなのです。

目立つ色が淡くなる=夕方の月がほんのりと色づいている、という意味になるとのこと。なるほど。こちらがしっくりくるような気がします。

そして、「夕月」は「三日月」という意味もあるのだとか。

(おもいっきり満月をぼんやりさせた動画に仕立ててしまった・・・汗)

里わの火影(ほかげ)

山里の家から漏れる光

かわずのなくね

かわず=カエル 蛙のなく声のこと

さながら霞める

さながら=全てを  全てを霞がかってゆく 全てがぼんやり見える

時間設定ってどれくらい?

この曲って、どれくらいの時間なのでしょうか。

夕日が沈んで、光が「薄くなっている」。夕方の月が色づいている。里の家に明かりがつき始めてきた。田んぼのあぜ道を人が歩いている。鐘の音が聞こえてくる。

まだ、暗くなってません。お寺の鐘の音。

春のこの時間は・・・夕方の5時頃〜6時頃でしょうか。

現代でいうと、町内に夕焼け小焼けの音楽が流れて「小学生の皆さんはお家に帰りましょう」という放送が流れます。筆者ひまわりの現在地周辺はこういう放送が流れておりますが、このページを閲覧くださっているあなたの周りではどうですか?

昔は、お寺の鐘がその役割でした。

夕焼け小焼けで日が暮れて、山のお寺の鐘がなる♬ がまさにその時間帯です。

夕日が沈んでも、まだ空が蒼い。 この微妙な空の色って、大好きです。そこに湿度があって、まだ暖かさものこっていて、まわりがぼーーーんやりしているんですよね。

本当に繊細な美しさを歌った曲だと思います。

歌唱ポイント

これほど全てを霞がけている曲ですから、歌声もベールに覆われたような柔らかい声で、滑らかに優しく、空気感を入れて歌いたいものです。

春風そよふく〜〜の部分は、音の流れからクレッシェンド(だんだん大きく)をかけて盛り上げたくなると思いますが、台風の風ではありません。湿度のある春風がそよふいているんです。

帽子もとばされないそよ風ですので、空気の流れが少し加わるだけで十分かなと思っています。

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