唱歌 行事 あ行

一月一日

投稿日:2018年2月12日 更新日:

作詞:千家 尊富 作曲:上 眞行

「いちげついちじつ」と読みます。
正月を祝う歌ではなく、天皇陛下を讃える歌です。

戦前はこのように天皇を崇拝することが日本人として美徳とされていました。

明治26年8月、官報附録にて工示されました。昭和20年の終戦まで、元旦には全国の小学校にて歌われました。

昔の元旦には、学校にて行事が行われました。天皇陛下と皇后陛下の写真を掲げて最敬礼したり、君が代やと共にこの曲のような儀礼唱歌を歌います。
終了後には、先生から紅白の菓子が配られて下校していたそうです。

歌詞の意味

  1. 一年の初めに行う決まりごととして
    今の天皇陛下の御代が絶えることなく繁栄し続けている幸せを
    門松を各家の門に立て並べて
    ご近所みんなでお祝いする今日は とても楽しいことですね
  2. 初日の出を見ていると、徐々に光が空に差してきます
    四方が曇りなく輝く今朝の空です
    天皇陛下のお姿を思い浮かべると
    このように空を仰ぎ見て天皇陛下を称える尊い気持ちになります

現在では「天皇陛下が日本の象徴」ということは学校で習いますよね。
しかし、戦前までは天皇陛下は「神様」だったのです。

天皇という地位の変化

現在のように写真・テレビやインターネットがある時代ではありません。一般の人々は姿かたちがあるものかどうかも定かではない、学校などで写真で見せられた人物を「神様」だと教え込まれて、崇拝することになります。

一種の宗教のようなものですね。天皇陛下に対し反感的になると『非国民』として処罰されますので、天皇を崇拝するのは必須の事ですし、強制されていました。ですので、正月以外でも行事の際には天皇崇拝する「君が代」を歌います。

戦後、天皇は神様ではなく「象徴」となったため、強制的に崇拝させるようなものは年々減っていきました。

思い返せば、筆者が小学生の頃。行事の際には、当たり前のように「日の丸」を掲げて「君が代」を歌っていました。何の疑問もありませんでした。学校の行事というものには、必ずついてくるので。
運動会では『国旗校旗掲揚』がありました。3本の旗を揚げるポールがあり、必ず中央に国旗(日の丸)を先に挙げます。日の丸が中央まできたら、校旗とPTA旗?を時間差であげて、国旗が一番上まで上げるのですが、校旗とPTA旗?は少し下で止めるのです。

年号が昭和から平成に変わり、しばらくすると行事で「君が代は流すけれど歌わなくていい」となりました。運動会でも、ポールの真ん中に日の丸はなくなっていました。
このあたりで天皇が、曖昧になっていた象徴というものに関し、しっかりと方向性を見出したころなのでしょう。
学校側でも「天皇万歳派」と「君が代辞めよう派」がいて、行事の度に議論があったそうです。君が代は流すけど歌うことを強制しない、という間をとった期間が存在したのもうなずけます。

現在では、君が代も一月一日も、音楽は流れるけれども歌詞をつけるというのは控えているのでしょう。めったに聞くことがなくなりました。

中学生のころ、音楽の授業であらためて「君が代の歌詞の内容」を知り、大変衝撃を受け、一気にこの曲が嫌いになったことを覚えています。

歌唱ポイント

朝の光を360度広げるような気持で歌ってみましょう。
ロングトーンの曲です。たっぷり息をすって、ワンフレーズ続けて歌えると良いと思います。

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ひまわり

こんにちは、ひまわりです。 色々なジャンルを歌いますが、特に好きなのが童謡・唱歌。 日本の古くからの歌を広めたいです。

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