雨降りお月

作詞:野口 雨情 作曲:中山 晋平

ずぶ濡れになりながら、馬にのって嫁入りです

1925年(大正14年)に「コドモノクニ」正月増刊号で発表されたのは『雨降りお月』だったが、『雨降りお月さん』に変更される。
その後、1925年3月に「コドモノクニ」3月号にて『雲の影』が発表された。

上記2曲はどちらも 作詞:野口雨情 作曲:中山晋平 であり、構造はとても似ているものの別の曲だった。

昭和にはいってから「雨降りお月さん」+「雲の影」=「雨降りお月」となる。

歌詞の意味

※詞の著作権は消滅していますので、歌詞を記載します。 JASRACコード:000-0751-0

  1. 雨降りお月さん 雲の蔭
    お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
    ひとりで傘(からかさ) さしてゆく
    傘(からかさ)ないときゃ 誰とゆく
    シャラシャラ シャンシャン 鈴付けた
    お馬にゆられて 濡れてゆく

  2. いそがにゃお馬よ 夜が明けよ
    手綱の下から ちょいと見たりゃ
    お袖でお顔を 隠してる
    お袖は濡れても 干しゃ乾く
    雨降りお月さん 雲の蔭
    お馬にゆられて 濡れてゆく

歌詞の不思議

現代の考え方では、疑問点が多い歌詞です。
筆者ひまわりの考察を書いていこうと思います。

傘か馬という選択肢

一人で傘をさしていく方が、優先事項のようです。
傘がないなら、馬に乗って濡れていく、のですね。

当時の傘(からかさ)は大変高級なもので、
嫁入りで使うようなセレブな傘だと、約2万円ほどだったらしい・・・という記事を見つけました。

現代では傘は100円でも買えますから、2万円とするとかなり高級ですよね。

馬にのる、というのは当時の通常の移動方法なので、
現代でいうと「バス移動」くらいの感覚かもしれません。

傘という高級品はもっていないから、濡れてでもいいので馬に乗っていこう、ということなのかしら

お嫁に一人で行くの?

当時は嫁入りの荷物を馬につけ、行列を組んでいくのが通常でした。

ですが、この歌は・・・
「ひとりで傘さしていく」「鈴つけたお馬に揺られて濡れていく」

なぜ一人で?
運ぶ荷物は無いのでしょうか。

夜中に移動する?

遠くの家にお嫁に行くのかもしれません。
傘がないことから、裕福な家庭ではなかったことでしょう。

でも・・・・夜通しひとりで移動しますかね?
やはりどうもスッキリしません。

顔を見ることはできない

馬を引いてくれている人が、手綱の下からちょいと見たようですが、
お嫁さんは袖で顔を隠しています。

濡れたらお化粧が落ちちゃう? →そもそも、全身ずぶ濡れでしょう

顔を見られたくない理由がある? →泣いているのでは?

今でこそ結婚は恋愛発展系で幸せなことですが、当時は親に言われて会ったこともない人の家に入るのです。
親の都合だったり、家族のためだったり(身売り)、とにかく個人の意思とは無関係なものでしたから、当事者としては泣くしかないのでしょう。

・・・と思ってたのですけど!

この歌詞にはモデルがいた

雨降りお月に出てくる主人公にはモデルがいるようで、二つの説が見つかりました。

雨情の妻へのねぎらい説

雨情の妻「ひろ」が嫁入りする日はあいにくの雨で、2日かけて馬に乗って嫁いできたそうです。

ずぶ濡れの花嫁の綿帽子を雨情が外した瞬間、二人の初めての出会いでした。

雨の中遠くからやっとのことで来てくれた花嫁を労う気持ちで、この歌詞ができたそうです。

亡くなった娘への想い説

上記したように、歌詞には不可思議なところがあって
嫁入りなのに荷物も持たずに「ひとり」で行こうとしていたり、歌の場面が夜中だったり、顔を見せられなかったり。

野口雨情には、幼くして亡くなった娘さんがいました。
その思いは、童謡「シャボン玉」の歌詞にも入っていると言われています。

 ⏩童謡「しゃぼん玉」に込められた悲しい意味とは

この歌は、亡くなった娘が嫁入りする時のことを想像して作ったのではないか、という説もありました。

そうすると、
夜・ひとり・顔をかくす(わからない・見せられない)というのにも、合点がいきますよね。

また、「シャシャラ シャンシャン」と馬に鈴をつけて、供養されるように願っているのかもしれません。
夜明けが近いので急がなくてはというのも、余が明ける前に天国に到着して供養されるように・・・という気持ちかも。

・・・後出しのこじつけかもしれませんが、
筆者としては「亡くなった娘への想い説」のほうがしっくりきました。

歌唱ポイント

これは難しいです・・・筆者も苦労しました。
音の上下が多く動きも速いので、乱雑にならぬよう、流れるように歌えると良いですね。

曲調でもわかるように、若干寂しげです。
初めて顔を見る嫁へのねぎらいの気持ちか、亡くなった娘への気持ちかで歌い方がかわりそうですね。

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雨降りお月” に対して2件のコメントがあります。

  1. 加藤久人 より:

    こんにちは。いつも、素敵な歌声と、歌の上手さに魅了されています。私は、介護施設でお年寄り相手に歌のレクでこの歌を歌集に入れ、お年寄りと一緒に歌ってます。歌詞の解釈、興味深く拝読させて頂きました。以前から不思議な歌詞だなと思っていましたが、ある日閃いたのが、お嫁入りするのは、お月さんそのものなのでは?というものでした。お月さんが雨に濡れるのは、高さから言って無理な話なのですが、そんなの関係なしにファンタジーの世界で、雨に濡れるお月さんがお嫁に行く情景なのではないかと。月は、雨が降って見えなくても、東の空から一晩かけて西の空に旅します。そうすれば、お馬よ急がにゃ夜が明けるも、納得できるのでは、と思いました。つまりは、月に問いかけて、こんな答えが返ってきた、雨に濡れながら、花嫁道中する月の話という、ある意味ナンセンスですが、夢のある歌詞なのでは、と。

    1. ひまわり より:

      加藤様
      コメントありがとうございます。
      「月の嫁入り」ですか! これは素敵な発想ですね。

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